レンズ設計者インタビュー
「見え心地」への飽くなき挑戦
「見る」。その感性は、人それぞれ。「良いメガネレンズ」の基準も異なる。

メガネもカメラと同じようにレンズを使っているわけですが、
レンズを設計する上で違いはあるのでしょうか?

矢成そもそもメガネとカメラとでは機構がまったく異なります。カメラは複数のレンズで像を結び、装置の中で作業が完結します。「高品質なレンズ」を正確な機構の中に組み込めば、「良い映像」を確実に撮ることができる。対してメガネは、1枚のレンズと人の眼を合わせることで「見る」という行為が成り立つもの。同じレンズでも人によって見え心地が違うというケースが起こるため、「良いレンズ」の基準も人それぞれです。

そうなると、万人にとって「良いメガネレンズ」を設計するのは容易ではありませんね。

矢成その通りですが、設計者としてはそこが一番の目標というか、モチベーションになっているのも事実です。ニコンには「自由曲面技術」と呼ばれる設計、製造加工技術がありますが、それもメガネレンズへの高度なユーザーニーズに応えるための試金石となったものです。注文を受けてからお客様の度数や目とフレームの位置関係、近くを見る距離など目のデータに合わせてニコンの光学設計プログラム上で個別に設計、加工。それによって、世界に1枚しかない、装用者が最も見やすいと感じるメガネレンズ、つまり一人ひとりにとっての「良いメガネレンズ」を追求しているのです。

なるほど。ただし、人それぞれの感性が大きく関わってくるだけに、
技術の進歩だけでは対応できない部分もあるのでは?

矢成そうですね。人の感性、特に設計者自身の感性も非常に重要になります。だから、開発中のレンズは自分自身でも試してみます。幸い、最近は私も老眼鏡が必要になっており、実感を持って使用することができます(笑)。もちろん第三者によるモニタリングで使用感を聞き出すことも併せて行います。そこで得られた自分と違う感想は、レンズ設計のうえで非常に重要なファクトになります。

設計者自身の養われた感性が、<br>
難題をクリアする鍵に。

自分自身の感性を磨くために、何かしていることは?

矢成研究室に閉じこもらず、外の世界で感性を養うように心掛けています。根を詰めて考えすぎるとどんどん視野が狭くなってしまうので、いったんスパッと忘れます。オンとオフを切り替える時にわいてくるインスピレーションで、今まで難題をクリアした経験が何度もあります。メガネレンズの設計では、技術的なデータやマーケティングの情報はもちろんですが、そうした良い意味での「勘」も大切ですから。

オフはどのように過ごすのですか?

矢成とにかく出かけるのが好きで、旅行、ハイキング、温泉巡り、冬はスキー。また、ワインに関してはかなりマニアックで、友だちとワイン会を開いたり、昔はフランスまでワイン畑を見に行ったりもしました。

足を動かして確かめないと納得できない性格とか?

矢成情報を広く仕入れようという意識はありますね。まったく違う分野のことが仕事の参考になるケースもある。最近はインターネットで情報を集めやすくなりましたが、正しいものである保証はありませんから、本で調べたり、実際に出掛けて確かめるということもあります。

ニコンの「シャープな視界」を
あらゆる環境下で実感いただくために。

すべての人にとって「良いメガネレンズ」を開発するのは、
ハードルが高いことはよくわかりました。

矢成しかも、もう一つ難しい課題があります。今までは快適だと感じていた見え心地が、環境が変わることで変化するということです。

環境とは?

矢成メガネレンズの使用環境ですね。たとえば近年、パソコンやスマートフォンが急速に普及した。そうすると、眼からパソコンの画面までの距離、あるいはスマートフォンを持つ手元までの距離を見る機会が、一昔前より自然と多くなるわけです。日常的によく見る対象が異なってくると、当然ながらメガネレンズも変わっていかなければなりません。ニコンのメガネレンズ開発の歴史で脈々と受け継がれてきた「シャープな視界」を、いかなる装用環境下でも実感いただき、さらに「見え方」の変化が少なく「慣れやすい」レンズを設計することが、私にとって近年の大きな研究テーマとなっています。

今後、どんなことを目指していきますか?

矢成レンズ設計の技術は着実に進歩していますが、すべてのお客様に100%満足していただける製品を作るのは容易ではありません。ただし、80%を90%に、さらに限りなく100%に近づける努力を行っていきます。実は、「人間がどうして見えているのか」ということも未だに解明されていません。そのような中で、やはり設計者の感性というものは非常に大切になる。自分の感じるものに正直になり、「それはなぜなんだ?」という探究心をたえず持ち続けたいと思います。

株式会社ニコン
コアテクノロジーセンター
研究開発本部光学設計部 第四光学課マネジャー

矢成 光弘

1993年入社。同年より光学設計部門に所属し、一貫して光学設計に携わり現在に至る。
これまでに担当した業務は、望遠鏡、双眼鏡、眼鏡機器、メガネレンズ等、観察光学系を中心とした光学設計及び製品開発。
メガネレンズに関しては、全主要製品の設計に携わる。